もうひとつのtomorrow 第3話

では,第3話.

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病院の駐車場.Z4から降り立ったヤマシタ.手には食べ物がはいっているらしいコンビニ袋.
歩いていると止まっているアウディのドアが開き,緒川たまきが降り立った.
ヤマシタとたまきが並んで歩く.
「ねえ,知ってる?小児科1人になるんだって.鶴田センセイ妊娠したから今月いっぱいでやめるんだって.でもって後任なし」とたまき.ヤマシタは無言.
「この病院さあ,来たがる物好きもいないし,大学としては,切りたいみたい.イシイちゃん1人になってどうすんだろうね.あたし,いつも思うんだ.こーんな病院つぶれちゃえばいいのにって」
「ヤマシタちゃんなんて,病院のドレイだよね.1ヶ月のうち,阿部センセイがくれるフリー番って3日じゃない.見えない鎖につながれた,病院のポチ!ポチ!」
「何言ってんすか?緒川センセイ.僕,ポチでいいっすよ.ここの前は日赤で,その前が県立中央だったから,今年は仕方ないっすよ.阿部センセイとオペできるだけで,僕うれしいっすよ.これが県立○○とかだったら,枯れちゃったようなオーベンと二人だし,厚生連○○綜合とかだったら,休みの日にも行くところないし.まあまあっすよ.センセイだって,ここだったら高速通勤できるし,厚生連○○綜合なんていったらやでしょ」
並んで歩く姿は仲の良い姉弟のようである.
2人が医局のラウンジにはいると,ソファでは誰かがとても気持ちよさそうに寝ている.耳鼻科医の佐々木蔵之介のようである.テーブルのクラノスケの前には手の付けられていない検食がおかれている.内容からは朝食のようである.デザートとしてさくらんぼが5粒ついている.
たまきはひょいっとさくらんぼを取ると,ヤマシタに3粒渡し,残りの2粒をまとめて自分の口に入れた.じゃあね,という感じで自分の研究室に消えていくたまき

眼科の入っている病棟.混合病棟で内分泌内科と一緒のようである.ホワイトボードに,週間手術予定と教育入院患者名簿が書かれている.
内科医の猫背椿がぶちぶちとたまきに言う.
「今週もまた3組いるわ.年老いた母親とヨメのこない息子のコンビ.栄養指導に70過ぎた母親が来るなんてね.同じ独身でも北村センセなら許せるけど,あーいうの駄目だな,あたし.」
北村センセといわれて,ちょっとどきっときているたまき.
ナースステーションで中年男が足浴をしている.左足の親指が半分くらいしかない.

教育入院の患者を相手に講義をしているたまき.患者の手元にある手作りプリント「糖尿病と目」は,大きな字でふりがながふってある.患者の中には足浴をしていた男もいる.

夕方.医局会が開かれている.
院長の児玉清.医局会の席には,北村も阿部ちゃんもヤマシタもいない.たまきと猫背はいる.石井正則鶴田真由はいる.武田鉄矢はいる.
司会のクラノスケ
「連絡事項はここまで.あと,今日の議題ですが,皆さんもご存知とおもいますが,鶴田先生が今月いっぱいでやめられて,来月から小児科が石井先生ひとりになります.そこで,小児科の石井先生の負担増がかんがえられるので,石井先生を当直からはずしたらどうか,という意見がだいぶでています.いかがでしょうかね」
医局メンバー無言.
「じゃあ,現行のきまりを変えて,当直免除は以下のとおりとします.61歳以上のもの.麻酔科,産婦人科,小児科」
(また,まわりが少し早くなるわ)と小声で猫背がたまきに向かってつぶやく.

外科の研究室.浅利陽介が当直表を眺めている.いくつかの日の名前に×がつけられていて浅利の名前に変わっている.

手術室.ヤマシタが下腿のスクラブをしている.
そこへ,たまきがのぞきにやってくる.
スクラブを受けているのはいつかの中年男のようである.
ヤマシタ「とりあえずbelow knee」とたまきに言う.
たまきは患者ににこっと笑顔をみせ,ふーんというかんじで手術室を去っていく.

ヤマシタと阿部ちゃんが下腿切断の手術をしている.

医局ラウンジ.たまきと猫背がヨーグルトか何かを食べている.
「今日,整形のオペみたの.あの足浴していたひと,今日アンプタだったんだね.」
「そうそう,だって,コントロール最悪だったもん.常にA1C 10を越えてたし.この病院の患者ってさ,あんまりにもの人が多いから,12とかでもぜんぜん驚かないもんね.頭がわるいと,インスリンも固定1回打ちがせいぜいだし.あーあ.今日のアレもさ,ぼけたお母さんと二人暮らし.これからはお母さんの年金で暮らすようになるのかな」

たまき,夜の病院の駐車場.まだ止まっているZ4に目をやる.スーパーで果物などを買っている.田舎のスーパーなのでたいしたものはない.

マンション(といっても正確には鉄筋アパートといったかんじ)の前でアウディを止めるたまき.
きょろきょろっとすばやくまわりを見渡して,合鍵でドアを開けるたまき.北村の部屋である.スーパーの袋からバナナを取り出して,冷蔵庫に入れる.オレンジをテーブルの上に置く.キッチンの流しを片付け,ナイフでオレンジの皮をむき,皿にもり,ラップをかけて冷蔵庫へ.ベッドルームはぐちゃぐちゃになっているし,リビングのテーブルの上もごちゃごちゃである.テーブルの上のマグカップとビールの空き缶だけを片付けるたまき.
それだけ済ませると,部屋を去っていく.

高速道路を走るたまきのアウディ.バッハを聴きながら135kmを出している.

たまきのマンション.品の良いインテリアでまとめられたよく片付けられた部屋.
ベッドのうえでふーっと涙をこぼすたまき.