もうひとつのtomorrow 第10話/第11話(最終回)

最終回が近づくと,なんだか説明っぽくなってきて面白くないんですが,まあお付き合いくださいませ.
みなさんが働いているお休みの日の医局で,文献調べをしているふりしながら書き上げましたの,ああ.
俳優さんの名前でググってこのページに飛んできた方ごめんなさい.いつか時間のあるときに,脚注をつくりますわ(といっていつかはいつかかも).

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市役所.三浦友和と市長が話をしている.
「先生,この間のこと,ちょっと難しいことになってきました.家族が説明を受けていなかった,と言い出したんですよ.もともと,子宮破裂になることはまれにある,程度の説明を受けていたらいんですが,詳しくはきいていなかったらしい.それで,子宮をとってしまったことについて,やはり,あまり良い感情は持っていないらしいんです.」
「そりゃ,そうでしょ.だんなさんにしてみれば,いきなり手術室に呼ばれて,“奥さんの子宮を取ります”なんていわれるわ,奥さんにしてみたら,目が覚めたらこどもは別の病院で自分は子宮がないわ,では,やはり面白いはずはありません.でもね.ここの市民はこれを望んでいた.私がいた頃は,VBACは決して行いませんでしたが,そのことに関しては,いろいろ言われました.安全主義者だの,冷たいだのってね.でもね,これが現実なんです.たとえ確率が低くても,やはり子宮破裂は起きる.それを避けるには,VBACをしないことしかありません.」
三浦友和は話を続ける.
「私は,分娩誘発剤だって使うし,あやしいケースは予定で帝王切開にしていました.でも,それは,武田先生のシンパにとっては,とても悪いことであり,ハートのないお産とまでいわれました.そんなもんですよ.世間は」
「武田先生を呼んだのはわたしだ.よく見極めもせず,悪かったと思う.」
「それは仕方がありません.一本釣りの危険さなんて,普通の人に説明してもよくわからないと思う.それに,一般市民にとって,武田先生の弁舌はとてもみみざわりがよい.まあ,ありがたいことに,主婦たちの団体がいるおかげで,あの患者にとっては,デブリーフィングといって悲しみを表出するための作業をしてくれる人がいることになる」
デブリ?」
デブリーフィングといって,とても精神的なショックを受けたときに,側にいて,その人の話をいろいろ聞いてあげて,心のなかにあるものを表現させる作業のことです.患者の突然の死亡などの場合,これがとても重要であると最近は言われています.ただ,デブリーフィングのふりをして悪意のある人が近づいてきた場合に問題になる」

手術室のラウンジの自動販売機の前.阿部ちゃんと北村.
阿部ちゃん「オレにもついに召集令状が来ちゃったよ.中途半端でめちゃくちゃ急だけど2月から日赤って.老体に鞭打って,出征だよ.日赤の番頭さんがデプちゃってさ,今月から休んでるんだって.ヤマシタも帰ってこない.日赤の部長がヤマシタのおやっさんに“忙しいですか?”ときかれて“いやぁ,忙しくて,智久くんは退院しても市民に帰らずここで働いてもらいたいくらいです”なんて言っちゃったらしくて,おやっさんは教授に電話.決定,と.ヤマシタのおやっさんは同門会の重鎮だからね」
北村「じゃあ,2月からは外勤で外来だけつなぐのか?」
阿部ちゃん「ま,そういうこと.これから紹介状書きの毎日だよ」

夜の医局のラウンジ.クラノスケとたまき.
クラノスケ「こどもに障害が残らないか,が問題らしい.でも,難しいよ.分娩室で静ケタかなにかでおとして,局麻でおなか開けてればたぶんもっと早かったのかな.ただし,大出血でどうなっていたかわからない.なまじ三浦先生がいたから,家族にとっては,武田先生がアレだっていうのがわかってしまって難しくなっているらしい.三浦先生がいなければ,どうなっていたかわからないのにさ」
たまき「何がよかったのか,あたしには難しすぎてよくわからないわ」

北村のマンション.北村とたまきがベッドにいる.
「なあ,たまき,オレもここやめるの決めたんだ.○○医大の分院の准教授の話が来て,それに決めた.ここも外科と産婦人科だけになるだろ.ここでの麻酔も疲れた.もっとちゃんとした麻酔がかけたい.阿部ちゃんのように,次に続く人を育てたい.私立の分院の准教授なんて,給料サイアクかもしんないけど,まあいいさ.大学ともおさらばさ」
「たまき,オレもクラノスケのような,地に足がついた生活をしてみたい.たまき,オレと結婚してくれないか?」
たまき無言で北村の顔を見る.
「お前が阿部ちゃんのこと,ずっと好きなのは気付いていた.それでもいいよ.心に浮かんでしまうことはどうする訳にもいかない.阿部ちゃんのこと,ずっと好きでもいいよ.でも,オレにはたまきが必要だから」
泣き顔になるたまき.
「たまきの仕事は,そこの分院の眼科に頼んでもいいと思う.休みたければちょっと休んだっていい」

たまきのマンション.
医学雑誌を整理しているたまき.
靴を整理しているたまき.

夜の医局研究室.
ひたすら書きものをしている阿部ちゃん.

お正月の医局ラウンジ.
浅利がソファで漫画の雑誌を読んでいる.置かれている検食はすこし豪華である.

麻酔医室.北村と三浦友和
「センセイ,オレ,たまきと結婚することに決めた.お互い,叩けば埃も出るかもしんないけど,オレにはたまきが必要だ」
「いや,そうじゃない.たまきちゃんには北村先生が必要なんだ.大切にしてやって欲しい」

三浦友和の自宅.くつろいでいる三浦友和
「緒川先生と結婚します,って北村くんから報告があったよ」
「あら」と黒木瞳.「よかったじゃない.あなた,あの眼科の女医さんのこと,ずーと心配していたもの」
「ああ.北村くんなら,まあ,なんというか,うまくやっていけると思う」
「そうね.だって,○○総合のときの話って,むごい話だったじゃない」
「そうだね.緒川くんが大学に戻った後,すぐに阿部先生はオペ室のナースを妊娠させて,結婚して,離婚して,留学しちゃったんだもの.あの阿部先生が,ってちょっとびっくりした.緒川くんはまだ2年めで,学生さんみたいに初々しくて,可愛かったのにね.ときどきある話といえばそれまでだけど,自分の身近であるとやっぱりね.去年の春,緒川くんが市民病院にやってきたときは,なんだかびっくりしたよ.こんな人事,よく了解したなって.昔の話だし,○○総合は大学で2番目に遠い関連病院だったから,二人のいきさつはまあ,知る人も少なかったのは不幸中の幸いであるんだけどね」
「去年の今頃,あなた,とても心配していた」
「阿部先生は今の奥さんと普通の家庭を築いていて,緒川くんはあの年で結婚してなくてなんてのは,やっぱりね.前の整形の若いセンセイは既婚者だったんだけど,4月から来た山下くんのことはとっても可愛がっててね,何を考えていたんだろ」

1月末,阿部ちゃんが病院を去る日.
午後外来を終えたたまきは医局研究室に戻る.
部屋には猫背がいて,お菓子を食べている.
たまきの机の上に豪華なバラの花束がある.そうっと花束の中のメッセージを開くたまき.
「結婚の話,ききました.おめでとう.幸せになってね. 阿部寛
たまきの目から涙があふれてくる.
猫背が覗き込む.メッセージをあわてて閉じるたまき.
「阿部センセイから?阿部センセイ,実はたまきのこと好きだったんじゃない?」と猫背.
たまき,なにいってんのよ,という顔をする.

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赤十字病院手術室.
阿部ちゃん,ヤマシタと若い医者が股関節の手術をしている.術者はヤマシタで,阿部ちゃんがところどころ助言を与えたり,手を出したりしている.

ヤマシタが阿部ちゃんではない中年の医師と切断指の再接着をしている.ヤマシタの真剣な表情.

ヤマシタと若い医者が開放骨折の手術をしている.ヤマシタは若い医者にあれこれと教えている.

婦人科外来.三浦友和が私物の整理をしている.
年配のナースが傍らにいる.
「センセイともいよいよ来週でお別れですね.健康診断にも来ない,っての本当ですか?」
「ああ,そうだよ」
「センセイとは2度目のお別れですね.1度目は病院から保健所にいったとき,そして今回.更年期外来をやめるなんて,あのおばさんたちが納得するかどうか,と心配したけれど,わりとすんなりいきましたね.いつかの手術のときの外来中止が結構効いていたのかもしれませんね」
「はは,あの時は,本当に迷惑をかけたよね.手術が終わっても戻るのを忘れてた」
「センセイを呼びに来た菅野さんもやめるんですよね.いい子はみんな日赤に行ってしまう」
「主任はどうするんです?」
「私ですか?決まってるじゃないですか.こんなババをもらってくれるところなんてないから,ずーっといますよ,定年まで」

麻酔医室.机の引き出しを整理している北村.
手術予定表は空白が多い.

たまきのマンション.ものが減ってすっきりしている.

ホテルの宴会場.病院の送別会が始まるところのようである.
寺田農「センセイ,お嬢さん,東大受かったんですってね,おめでとうございます」
三浦友和「いやぁ,おかげさまで.これでもう,親元から離れていってしまうのか,とちょっとセンチな気分になってますよ」
寺田「うちの下は来年でしょ.○○大学行きたくない,建築に行くって言ってます.東大は進振があるから,京都に行きたい,なんて言ってます.はは,親見てると医学部には行きたくないと.うちの弟が建築でしょ,きびしいよ,とは言うんだけどね」
三浦「はは」

司会の小栗旬.「いつもだったら,病院のそばで,というところですが,今日は,おやめになる先生も大勢いますし,この病院にとってもある意味で転換点ともいえる送別会である,ということで,豪華にここで行うこととしました.いつも,高速通勤している先生方も,今日は遅くまで大丈夫だと思います.○○市に住んでいる先生方には,宿泊の準備もありますので,どうぞ,大いに飲んで語らってください.
では,寺田院長の挨拶から」
寺田「みなさん,こんばんは.いやー,この一年はいろいろありました.病院にとっては激動の一年でした.地方での公立病院の維持は………」

入り口のドアが開き,阿部ちゃんとヤマシタが入ってくる.二人は,北村とたまきのいるテーブルへやってくる.阿部ちゃんが北村の隣,ヤマシタがたまきの隣の席につく.
「今日は予定のオペはなかったんだけれど,交通事故が来ちゃってさ,足ぐちゃぐちゃでアンプタしてきた」と阿部ちゃん.
「予定入れてないと,緊急振られちゃいますからね」とヤマシタ.

小栗「では,三浦先生から,乾杯の御発声をいただきます」
三浦「皆さん,もう,のどが渇いておなかも空いていることと思います.この1年,限られた戦力で,よくがんばったな,と思います.4月からは,病院を去る人,病院に残る人,それぞれ新しい生活が始まります.それぞれの明日に,乾杯とします.では,乾杯」
乾杯!

クラノスケ「父も今年70歳になるので,継承ということで,4月から実家の医院に入ります.ただ,まだ今年は父も完全には引退しないので,9月までは週2回で外来に来ます.たまったサマリーもそのときに片付けようかな,なんて考えています.ここでの2年間はいろいろな思い出があり,とくに最後の半年はあっという間だったような気がします.これまで,ありがとうございました」
浅利「大学からはじめての外病院で,それも,誰も知っている人がいない土地で親切にしていただいて,ありがとうございました.いつも医局にいたヤマシタ先生には外傷についていろいろ教えていただきました.麻酔科の北村先生には,術後の患者さんをみに来ていただいたり,お世話になりました.三浦先生にはお宅に呼んでいただいて,時々おいしいものを食べさせていただきました.ほかにも,たくさんの先生にいろいろお世話になりました.お世話になるばかりで役には立ちませんでしたが,ここでの勉強を大学にもどってからの毎日に役立てたいです」
竹野内豊「外科の竹野内です.今から思うと,ここに来たばかりの頃は,よそ者だからってなめられちゃいけない,なんて感じでつっぱっていたところもあって,反省しています.教授からいきなりこの病院へ,と言われたときは,なんで自分がと思い,それもあんまりまだ役に立ちそうにない浅利と一緒,とショックを受けた日のことを思い出しています.この1年の浅利を見ていると,大学に関係なく,わけ隔てなく皆さんに可愛がっていただき,ものすごく成長したのがよくわかります.4月からは医局人事を離れ,妻の郷里のやはりここと同じくらいの規模の病院に移ります.僕の次に来るのは,僕の2学年下になります.浅利なみの研修医上がりも来ます.どうぞ,可愛がってやってください」
たまき「こんなわたしでも,お嫁にもらってくださるという方がいて,ついに寿退職することができます.医者になったときからの夢でした.もう十分はたらいたので,ちょっと一休みします.ここでの2年間,どうもありがとうございました」
北村「こんなわたしをお嫁にもらってしまう,物好きな北村です.4月からは,○○医科大学○○病院で働くことになりました.給料は安いと思うので,奥さんの洋服代がまかなえるか心配です.(ここで表情がまじめになり)ここでの2年半は,あっという間でした.たった一人の麻酔科医として,雑なかけっぱなし麻酔の日々で,悩んだこともありました.僕の好きな言葉に,麻酔科は手術室のコンダクターという言葉があります.これは,流れ作業のような毎日を送る僕に,三浦先生がかけてくれた言葉です.コンダクターというのは,指揮者であり車掌さんである,と.流れを誤らないように指揮をとる一方で,乗り損ねたひとはいないかな,気分が悪くなっている人はいないかな,と気を配る,と.良いコンダクターになろう,と仕事をしてきました.4月からもがんばりたいとおもいます」
三浦が立ち上がる.「北村先生は私の命の恩人です.私が倒れたとき,もし北村先生が発見してくれていなかったら,今日の私はいません.本当にありがとう」
会場の拍手.

猫背と小栗.
猫背「なんだか,本当に取り残されちゃう気分だね」
小栗「仕方ないですよ.どっこも引き取りたくないおばかDMと,どっこも引き受けたくない条件サイアク透析なんだから.ここで何とかしましょうよ.まあ,僕は来年で交代ですけど」
猫背「言ったな,こいつ」
小栗「言いましたよ」
そこへ石井正則がお酌にやってくる.「居残りチームで仲良くしましょう」
猫背「石井センセは偉いよ.帰るところがあるのに,こうしていてくれる」
石井「だって,親父まだ来るな,じゃまだって言うし」

エンドロール
マンションのリビングで紅茶を飲むたまき.
カテ室の操作室側で骨盤骨折のTAEを見ているヤマシタ.
他の麻酔科医と組んで,開心術の麻酔をかけている北村.
市役所を歩く三浦友和.保健所長兼副市長という肩書きになっている.
透析室で穿刺を手伝っている小栗.
糖尿病教室の猫背.
外来をこなす武田鉄矢.廊下のおしらせ「分娩終了のおしらせ 当院での分娩取り扱いについては,予定日が12月15日までの方を持ちまして終了とさせていただきます」
救急外来で外傷患者のスクラブをしている阿部ちゃんとヤマシタ.
阿部ちゃんでない医者とバックボーンの手術をしているヤマシタ.
自宅医院での外来中のクラノスケ.
どこかのクリニックで採卵をうけているたまき.
研修医に喉頭展開をさせている北村.
手術の助手に入っている浅利.
今日の仕事を終え,Z4で帰っていくヤマシタ.

なかのひと