私の手の外科

医局のわたしの机の斜めに,整形外科の若いせんせいの机があって,彼の本棚には,外傷初期診療ガイドラインだとか,TKAのすべてだとか,私の手の外科だとか,手その機能と解剖だとかがずらっと並んでいます.わたしは彼の本棚をみて,ここからここまでで10万円ね,とかここは1冊1万円以下ゾーンね,なんて思わず計算してしまいます(なんてのはウソです).
部長のせんせいはまじめで熱心な彼をとても気に入っているみたいです.

新研修制度が始まる前,そのころのわたしが働いていた病院では,当時すでに2年間の初期研修医の育成をしていました.内科系,小児科,産婦人科のローテートのほかに希望する診療科を半年(1科でも2科でもよくて合計半年だったような)ローテートすることのできるプログラムでした.
自由選択で回ってくる研修医くんたちはさまざまで,「何か買っておく本はありませんか?」と聞いてくるものもいたし,手ぶらで現れるものもいました.ローテートがはじまって数日しても手ぶらでぼーっと外来に座っていた研修医に,学生向けの教科書の名前を示して,あれくらい買ってね,といったら「えっ,どうしても買わなきゃいけないんですか?」と言われてしまったことがありました.1万円でおつりがくるくらいの教科書で,わたしとしては,義理の飲み会に1回行ってしまったとか,バーゲンでセーターを買ったけれどはずれだったとか思えば,これからの仕事に使えるのだから安いもの,と思ったのだけれど,帰ってきた意外な返事.それから先は面倒になって,見学だけの放置にしてしまいました.これから進む科ではないようだし,たぶん骨休めに来たのね,と考えて.そこの部長のせんせいはもともと放置系だったので,気の利く研修医にはわたしがいろいろレクチャーすることもあったのだけれど.
新研修制度でたとえば産婦人科は義務ローテートの対象ですが,3か月ごとにやってくる研修医くんたちは,自前の手術書とかを買うのかしら?それとも,図書館の本や病棟においてある本を読むのかしら?
これまでは,自前の手術書を持っていて,5年後10年後のために働く研修医に教えていた人たちにとって,学生さんの病院実習のようにローテートしてくる研修医に教えるのは,たぶん苦痛かも.

私の手の外科は,900ページ近くもある,厚くて重くて高価な教科書です.この本には爆笑の思い出があります.あるせんせいがこれを買ったときに,「この本は手の外科のバイブルといわれているんだ」と自慢をしました.それに対して,同僚のせんせいが,「バイブルっていうのはね,まじめな人は1ページめからちゃんと読むけれど,ふつうの人は,日曜学校とかに行って,何章の何節を開いてねっていわれてそのページだけ読むの」とちゃちゃを入れたのでした.そばで聞いていたわたしは,そのとおり!と妙に納得してしまいましたの.

わたしの机の斜めの席の主が1ページめからちゃんと読んでいるかどうかは謎ですが,この本を持っている,というのは,それだけで彼にいろいろな力を与えてくれるかもしれませんわ.バイブルですから.