妄想プロット:facebook

久しぶりに大学時代の同級会があり,1次会の後は,実習の時のグループでワイン・バーに行った.
昔からこだわり派だった山岸くんが,ワインを選んで,ウンチクを始めた.
グループのなかでは一番のリーダー格で,今は大学の講師をしている和田くんが私に絡んできた.
「おまえさ,ウチの笹野に昔説教したんだって?あんたの額にはマークがついていて,そのマークは見える人にしか見えない特別なマークで,そのマークがついている人はインパクトファクターの高い仕事をしなくちゃならない,って.留学する前にさ,こっそり教えてもらったよ.ボクの励みだから,頑張ろうと思うって.笹野さ,化けたんだよね.ペーパーばんばん出してるよ.おまえさ,やっぱヘンな占い師だよ.あいつがさ,もし戻ってきたら,オレいらないもんね」


何年も前のこと.当時私が働く病院の内科に,まじめで熱心な男の子がいた.それが笹野くん.骨惜しみなく働くだけでなく,よく勉強もしていた.受け持ち症例がちょっと珍しい疾患だったりすると,夜の図書室で英文誌をきちんとあたっていたし,図書室にないものは,取り寄せをしているのも私は知っていた.
その病院はいわゆるレジ上がりの人々が結構勢力を持っていて,「研究より臨床!」と,日々,研修医やレジデントを洗脳していた.彼らは決して悪い人ではないのだろうけれど,視野が狭くて,私はちょっと苦手だった.研究したことがない人が研究を否定するなんて.ふたことめには「エビデンスがない」なんて言う彼らが読んでいるのは,日本語の教科書であり,総説だった.
ある夜,医局のラウンジでレジ上がりドクターが笹野くんに演説をしている場面に出くわした.「君のような優秀な人は大学に帰らずにここに就職しよう」
私はなんだか猛烈にいやな気分になってしまったのを覚えている.レジ上がりドクターが救急外来に呼ばれ,笹野くんが一人でお茶を飲んでいるときに,私は彼に言ってしまった.
「あなたは,ここにいるような人とは,人間が違う.ここにいて毎日毎日診療をしていても,目の前の人をどうこうすることしかできない.ちゃんと研究をしてちゃんと留学をした方がいいと思う.毎日の診療はあなたでなくてもできるのだから,あなたは診療をする人のための仕事をした方がいいと思う.他の人は言わないかもしれないけれど,あなたには,能力がある」
猛烈にムカムカしていたので,まわりに人がいないのをいいことに,大演説をしてしまった.自分の科でもないし,クラブの後輩でもない,ただの同じ病院の自分より若いドクターに,なんでこんなことを言ってしまったのかしら.


家に帰って,こっそり笹野くんをfacebookで検索してみた.音楽や映画の趣味は見ることができたけれど,学歴や経歴はクローズドになっていた.友達は37人いた.アメリカで働いている高校の同級生と思われる一人を除いて,日本人はいないみたいだった.
レジ上がりドクターみたいな人がたくさんいるから,現場はまわる.でも,笹野くんが現場にいる必要はない.日本人の男は嫉妬深いから,日本にだっている必要はない.